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最近の日記::キャンプドレイク

  • 2005年2月21日(月曜日) 01時00分
  • category:鉄道話
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 何だか話があっちへこっちへ飛び火しているけれど、廃線の痕跡を探してまわるのも鉄道趣味においては結構メジャーな存在だと思う。特に終戦直後は、進駐軍の用地接収が相次いで、それに伴って急増の鉄道路線が次々と造られた。僕が知っているのを簡単に挙げていくとしても、小田急本線と井の頭線を短絡して繋いでいた路線や、京急穴守線の上り線だけを奪ってそのまま当時米軍の接収地だった羽田空港まで伸ばした路線や、東武東上線からグラントハイツまで伸びていた路線など、枚挙に暇がない。

 この中で京急穴守線の話は特殊で面白い。当時から複線で敷かれていた穴守線の「上り線」だけを、米軍が貨物輸送の為に国鉄から羽田空港までの路線を造るために接収したのだ。しかもこの上り線をわざわざ狭軌へと改軌し、京浜蒲田(当時)構内に平面十字交差まで作り。進駐が終わった昭和27年頃にはこの接収も解消された様だけれど、結局穴守線は元の穴守までに戻ってしまって、羽田空港へは遠いままだった。数年前に京急は羽田空港のターミナル地下まで路線を延長して利便性が極端に向上したけれど、実は終戦直後にその路線の外形は既にあったかと思うと興味深い。

 と、京急の話じゃなくて盛り上がっていたのは朝霞方面だったっけ。yasさんの言う「キャンプドレイク」は、恐らく朝霞市役所至近にある閉ざされた米軍の軍用跡地の事だと思う。このあたりは自衛隊朝霞駐屯地があったり、ちょっと軍関連の匂いが強く感じられる所。埼玉ってあまり航空機のイメージが無いかも知れないけれど、所沢には日本初の飛行場跡地「航空公園」があり(しかもここには現役の航空管制塔があるらしい)、入間基地があり、至近な所に福生があり、意外と軍絡みの航空機には縁がある。

 また脱線してしまった。話を戻して、東上線沿線にはキャンプドレイクやグラントハイツなどがあり、グラントハイツの方は光が丘ニュータウンの開発が進んでその痕跡が殆ど残っていないけれど、キャンプドレイクはそれ自体がまだ残っていて、中には入れなくても外側を回るだけでも面白いかも知れない。という訳で、今度時間を決めて「yasさんと巡る、キャンプドレイク再発見ツアー」をやる事にしようかと。どうです?

 ただ問題が一つだけあって、再来週にはシーズンが開幕を迎えてしまう事。ウラワ鉄研にとってそれは死活問題だし、上手く試合の無い週とかに組み込めれば良いのだけれど。

  • 関連リンク:
  • http://members.jcom.home.ne.jp/oka3n/page010.html
  • http://box1611.hp.infoseek.co.jp/doreik.htm
  • http://pirori.exblog.jp/532061/
  • http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%AD%A6%E5%A4%A7%E5%B8%AB%E7%B7%9A
  • http://www008.upp.so-net.ne.jp/tojo/index.html

追記:
今日(21日)発売の弊社刊「レイルマガジン」で、上信電鉄という高崎から出ている私鉄の特集をするんですが、それに「上信デキ重連貨物列車 高崎~下仁田往復 添乗+走行 60分DVD」が付録で付きます。面白いので、是非買って下さい。
以上、宣伝でした。

↓ここから続き

コメント(7)

コメント51yas

所沢の航空公園は旧陸軍の飛行場があったところ。付設の航空科学博物館には、記念公園から掘り起こした飛燕のエンジンの残骸が展示されています。旧軍飛行機ファン必見ですぞ。その製作精度の低さったら…。涙が出てきます。同時代の連合国が使っていた水冷レシプロエンジンも展示してあって、テクノロジーの格差を嫌と言うほど思い知らされます。
まだあの航空公園の下にはいっぱい埋まっているんだろうなぁ。
そういえば羽田空港の下にも旧軍機がうまっているそうですな。掘り起こそうという動きもあるみたい。

西武の航空公園駅は、もろ引き込み線として使われていた名残ですね。入間もそうだし。あのあたりは首都防衛の要だったのですね。今でもそうか。

管制塔は現役です。去年、この管制塔のコンピュータがダウンして、羽田の航空管制がめちゃくちゃになった事件がありましたよね。

  • URL
  • 2005/02/21 02:10
コメント52odakyureds

こちらに書き込むのは、初めてです。小田急本線と井の頭線ですか、どのあたりにあったのでしょう?
埼玉や千葉は実は旧軍の飛行場の宝庫でして、丹念にさがせばけっこう出てきます。
飛燕のエンジンはたしかBf109のコピーでしたっけ?当時の日本には手に負えない物でしたが、それでも飛燕は3000機以上生産されていますので、たいしたものかと。

  • URL
  • 2005/02/21 10:48
コメント54マヨチン

残念ながら鉄道の事はあまり詳しくないのですが、「上信電鉄」に激しく反応してしまいました。
高崎にある私の実家の近くを走っている電車です。
高校の頃の同級生には、これに乗って通学しているヤツが結構いました。
私も吉井とか富岡に行く際に何度か乗ったことがあります。
DVDには桑畑の映像がたっぷりなんじゃないですか?(笑)

  • URL
  • 2005/02/21 14:43
コメント55いけ!レッズ!!

京急乗り入れの都営浅草線沿線に住んでいるうえ、大学キャンパスが航空公園にあったので興味深く拝見させて貰いました。

  • URL
  • 2005/02/21 18:44
コメント53怠惰屋

odakyureds様、どもです。
確か、世田谷代田と新代田の間に敷設されていたみたいですよ。
あと小田急には結構他路線と繋がっていた所があって、横浜線との短絡線(南大谷あたり?)とか、厚木で相鉄と乗り入れをしていたとか。

  • URL
  • 2005/02/22 00:03
コメント56怠惰屋

>マヨチン様
ええ、桑畑だらけです(笑)懐かしい映像が見られるかも知れませんので、機会があったら立ち読みでもしてやって下さい。

>いけ!レッズ!様
京急は、調べれば調べるほど特徴的で面白い鉄道です。スピードの速さが知られていますけど、その為に試行錯誤を繰り返したり。これのエントリをいつか書きます。

  • URL
  • 2005/02/22 02:11
コメント57マヨチン

今日、南浦和図書館で「レイルマガジン」を拝見しました。
上信電鉄が予想以上のページ数で特集されていたので驚きました。
14ページの写真の橋は、私が高校に通うために自転車で毎日渡っていた橋です。
とても懐かしかったです。ありがとうございました。

  • URL
  • 2005/03/02 01:28
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