【画像】本館@怠惰屋本舗

怠惰屋本舗 > 本館トップ > 鉄道話 > 妄想癖

最近の日記::妄想癖

  • 2005年2月14日(月曜日) 15時29分
  • category:鉄道話
  • 被登録はてブ このエントリをはてなブックマークへ追加
  • このエントリをdei.icio.usへ追加

 標準型というのは鉄道車両、特に電気車に於いてそれなりに意味のあるカテゴリーである。古くは東急を中心に使われた18m級3扉の車体があり、バス窓の日車標準型も名の知られた所だろう。そして今、JR東日本新津工場がその発端となり、特に関東の私鉄各社は新造コストを抑えるべく、標準化車両の導入を躍起になって進めている。

 JR東日本のE231をモチーフにした相鉄10000系は兎も角として、日車標準型ボディを利用する京王1000系や小田急3000系など、近頃の関東私鉄各社が挙ってデビューさせる通勤型電車はどれも粒ぞろいで、恐らく日常の足に使っている人たちにとっては静かで乗り心地も悪くなく、過不足無いものだから好意的に受け入れられている様に思う。ただ、鉄っちゃんにしてみれば趣味性が低くて面白いものでは無いし、京急の様なオリジナリティを発揮し続ける会社が近くにあるとどうしてもそちらへと肩入れしたくなるのが心情というものだ。

 そんな中、僕の地元を走る西武鉄道が同様に導入した20000系は、標準化車体を用いながらも明らかに他社のそれとは一線を画す仕上がりで、こと車両に関しては余り高い評価を得る事の無かった西武のイメージを覆すものとなっている。詳細はリンク先で見て貰うとして、日立の標準型は軒並みレベルが高そうだ。東武に導入された50000系しかり、鈍く光るアルミボディはかえってその質の高さをアピールしているかの様だ。

 些細な違いだから気にしていなくては解らない差だし、例えば先頭車両に乗っている時に感じる少しのすきま風とか、ボディの立て付けによる軋み感とか、外装の仕上げだとか、そうした積み重ねが日立の方に一日の長があると感じる。コストを下げた量産型ながらも、一つ一つの精度を大事にしているというか。新津や日車がRX79だとすれば、日立の方はRX77かな。

 まあ、こんなどうでも良い事を考えながら、僕は日々外回りの営業に出ている訳で。新御茶ノ水のホームで千代田線の電車を待っている時に、1本しかない207系が来たりするとその日は一日ハッピーだし、同じように営団7000系がやってくるとボディを叩いてご苦労さんと声を掛けたくなったり。会社がお金を掛けて作った車両というのは思い入れもあるし、やはりしっかり出来ているもの。年月を経ても、質の高い車両は古くならないというのが、僕の持論なのだ。

 鉄道を趣味にすると、こんな風に日常の移動がいきなり趣味の時間になるからそれはそれで楽しいし、実はお金もかからない。模型や写真を極めようとすれば相応の資本力が必要だけれど、毎日、乗る電車に対して考えるだけならタダだし、何より鉄道を趣味とするには妄想力が必要なのだ。

 そうだ、妄想と言えば鉄道趣味には「架空鉄道」というカテゴリーがあって、それは「もしこのあたりに鉄道が通っていたら」とか「もし南武線が私鉄だったら」などと考えたりするもので、力がある人だとそれを模型化したりウエブサイトを作ったりする。そう言えば僕も南武線の全身である南武鉄道がもし国有化されずに今に至っていたら、という仮説を立てて考えた事があったっけ。皆さん、そんな経験はありませんか?

↓ここから続き

コメント(19)

コメント69yas

 わたしは東武東上線ユーザ。わたしの妄想は東武鉄道の孤児、東上線を東部本線に接続させるために、川越線を買ってしまえ!というモノ。実際には上板橋あたりで右折させ、大師前駅まで繋げる計画があったとか。盲腸みたいな大師線はその名残なのか?江北バス通りなんかあやしいよなぁ。

 もう一題。光が丘って陸軍の飛行場があった場所。東上線からの引き込み線があったに違いないとの読みで地図を見てみると「豊島園通り」がどうやら引き込み線跡とにらむ。「豊島園通り」を辿っていくと、いい具合に曲がって東上線と接続するような道が残っている。うーむ、鉄というより史跡マニアか。

  • URL
  • 2005/02/14 19:42
コメント70紅い雪だるま

川島令一氏みたいな「プロの妄想家」を生んでしますのが、鉄の恐ろしいところ。

オッサンは専ら時刻表での空想旅行です。今でも旅行は計画を立てている時が一番楽しい。

  • URL
  • 2005/02/14 20:40
コメント71yas

東京には知られていない地下鉄が存在する!っていうヤツですか?
一冊持っていたりします。だって、溜池山王駅が浅いんだもん!!

  • URL
  • 2005/02/14 21:08
コメント72怠惰屋

それは秋庭俊ですね>yasさん。

紅い雪だるまさんの仰る川島某は、よりリアルな妄想家です。この鉄道のダイヤをこうすれば良いとかああすれば良いとか、実現できそうなギリギリの所と無茶な理論をごっちゃにして書いて、あたかもそうすれば本当にその路線が良くなるかの様な内容の本を沢山書いている人です。

草思社や東京書籍から唸るほど出版物が出ています。

  • URL
  • 2005/02/14 21:22
コメント73にゃんた2号

そういやワタシの大学時代の先輩も『丹沢急行』なるレールを敷設して山中湖まで特急を走らせてたなあ。

  • URL
  • 2005/02/14 21:28
コメント74Hiro

現在西武線ユーザーの僕は今日も20000系に乗って帰ってきました。
確かに、西武のイメージを覆す車両ですね。発進も実にスムーズです。
後は日々のラッシュ時の遅れを改善してほしいのですが・・・

  • URL
  • 2005/02/14 21:50
コメント75yas

おお!そうでしたか。ではさっそくグランデの6階に行ってみてきますね。
秋庭某の新刊、平積みになってますね。さらに磨きがかかっているのかしら。
昔、武蔵野線にぼさーと乗っていたら立川(たぶん)に連れて行かれた経験があります。わたしにとってミステリトレインでした。そんな経験があるものだから、氏の書く書物に惹かれたのでしょうね。

  • URL
  • 2005/02/15 01:58
コメント76yas

いいなぁ。新型車両。東上線なんかぜんぜん新しい車両導入されない。新型車両は伊勢崎線ばっかり。もともとは東武じゃなかったからなぁ東上線って。組合も違うらしいし。冷遇されているなぁ、東武のドル箱路線なのにぃ!VVVFで通勤したいよー。西武が買ってくれていればなぁ。

  • URL
  • 2005/02/15 02:03
コメント77たけやす

yasさま
> 光が丘って陸軍の飛行場があった場所。東上線からの引き込み線があったに違いない]

 東武啓志線の事ですね。
 何しろ進駐軍の事で、研究は遅れまくっていたようですが・・おあつらえ向きのページがありました。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/tojo/konjaku-19.html

コメント78怠惰屋

そう言えば、大師線って本線系統と東上線を結ぼうとしていたらしい話を聞いた事があります。違ったっけな。

  • URL
  • 2005/02/15 23:05
コメント79yas

たけやすさま貴重な情報を有り難うございました。わたくしが想定していたルートは全然見当はずれでした。しかし、教えていただいたページを元に、地図を紐解いてみると、ありますね!鉄道の痕跡が。なるほど…。あの道が…。さっそく週末にでも歩いてみます。
さてついでに補足情報。モスバーガーの1号店は成増にあります。なぜあんなところに?と思われるでしょうが、終戦直後の成増界隈は、米兵がたむろするような街だった訳です。十数年前までは、いかにもアメリカチックなお店が川越街道沿いに残っておりました。

怠惰屋さま、わたしもどっかで読んだことがあります。

  • URL
  • 2005/02/15 23:28
コメント80yas

同じように、現在富士重工の工場になっている、大宮の中島飛行機の工場にも引き込み線があったはず。しかし、地図にその痕跡を発見できずにいます。一本、のたくったような道があるのですがあまりにくねくねしすぎているから違うと思うし。必要以上にぶっとい宮原駅前通りがそうだったのかなぁ。

  • URL
  • 2005/02/15 23:44
コメント81Yoshihi

私も東上線にゆかりがありまして朝霞駅の南から今の朝霞競技場方面に伸びていた線路跡を覚えています。自衛隊の引き込み線跡と聞いています。
今では複々線化され面影はありませんが、親から聞くと目を輝かせて線路を見ていたそうです。

  • URL
  • 2005/02/15 23:51
コメント82はいぱ

怠惰屋様,
yas様
それは東武西板線のことですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%AD%A6%E5%A4%A7%E5%B8%AB%E7%B7%9A

  • URL
  • 2005/02/16 14:02
コメント83yas

Yoshihi様

 朝霞の西側はキャンプドレイクの跡地。という事は昔軍事施設があそこにあった事は間違いないでしょう。今でもキャンプドレイク跡地に非解放エリアがあって、そこにはまだ米軍の施設が残っているとの都市伝説を聞いたことがあります。確かめに行ったことないですけれど。
 入間基地のあたりにはまだ米軍の宿舎が残っていますよね。もう廃屋になっていますが。

 キャンプドレイクでググッてみたら以下のページを発見。
http://pirori.exblog.jp/532061/
 マジだったんだ…。うーん、忍び込んでみようかな。

  • URL
  • 2005/02/17 01:57
コメント84怠惰屋

yasさん、行ってみまつか!

  • URL
  • 2005/02/19 02:50
コメント85yas

http://box1611.hp.infoseek.co.jp/doreik.htm

ここにキャンプドレイク引込み線跡のレポートがありました。

では怠惰屋さま、しのびこみますか。

  • URL
  • 2005/02/20 00:09
コメント86怠惰屋

行っちゃいましょう!yasさん。エントリたてます。

  • URL
  • 2005/02/20 03:47
コメント87Yoshihi

キャンプドレイク、すごい展開になっていますね。そう言えばアメリカ軍の基地とも聞いた事もありました。当時は踏み切りがあり複雑なポイントで分岐して、現在は道になっている線跡は切り通しのようになっていたと記憶しています。

  • URL
  • 2005/02/20 16:04
コメントしてやってください。
コメントフォーム

タグは使えません。URLも自動リンクしません。

トラックバック(0)

この記事にトラックバックを送る際は、下記URIをご利用ください。
この記事のトラックバックURI

個人的嗜好
【検索できませんでした】
  • 【検索できませんでした】
  • いつもながら、保坂氏の文章を読んでいると、いつの間にか読むという行為から逸脱し、字面を眺めながら考える方に没頭してしまいなかなかページを捲るスピードが上がっていかない。そしてそれが心地よい時間であることも、いつもながら。
【検索できませんでした】
  • 【検索できませんでした】
  • 昭和39年の開業以来、日本の大動脈として活躍を続ける新幹線というシステムは、最高時速300km/hで走行しながら最小運転間隔3分半という、驚異の輸送機関である。本書では、この新幹線がどの様にして形作られ、そして安全に運用されているのか知ることが出来る。筈。
- GetNet -