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廃線跡関連 Archive
キャンプドレイク
何だか話があっちへこっちへ飛び火しているけれど、廃線の痕跡を探してまわるのも鉄道趣味においては結構メジャーな存在だと思う。特に終戦直後は、進駐軍の用地接収が相次いで、それに伴って急増の鉄道路線が次々と造られた。僕が知っているのを簡単に挙げていくとしても、小田急本線と井の頭線を短絡して繋いでいた路線や、京急穴守線の上り線だけを奪ってそのまま当時米軍の接収地だった羽田空港まで伸ばした路線や、東武東上線からグラントハイツまで伸びていた路線など、枚挙に暇がない。
この中で京急穴守線の話は特殊で面白い。当時から複線で敷かれていた穴守線の「上り線」だけを、米軍が貨物輸送の為に国鉄から羽田空港までの路線を造るために接収したのだ。しかもこの上り線をわざわざ狭軌へと改軌し、京浜蒲田(当時)構内に平面十字交差まで作り。進駐が終わった昭和27年頃にはこの接収も解消された様だけれど、結局穴守線は元の穴守までに戻ってしまって、羽田空港へは遠いままだった。数年前に京急は羽田空港のターミナル地下まで路線を延長して利便性が極端に向上したけれど、実は終戦直後にその路線の外形は既にあったかと思うと興味深い。
と、京急の話じゃなくて盛り上がっていたのは朝霞方面だったっけ。yasさんの言う「キャンプドレイク」は、恐らく朝霞市役所至近にある閉ざされた米軍の軍用跡地の事だと思う。このあたりは自衛隊朝霞駐屯地があったり、ちょっと軍関連の匂いが強く感じられる所。埼玉ってあまり航空機のイメージが無いかも知れないけれど、所沢には日本初の飛行場跡地「航空公園」があり(しかもここには現役の航空管制塔があるらしい)、入間基地があり、至近な所に福生があり、意外と軍絡みの航空機には縁がある。
また脱線してしまった。話を戻して、東上線沿線にはキャンプドレイクやグラントハイツなどがあり、グラントハイツの方は光が丘ニュータウンの開発が進んでその痕跡が殆ど残っていないけれど、キャンプドレイクはそれ自体がまだ残っていて、中には入れなくても外側を回るだけでも面白いかも知れない。という訳で、今度時間を決めて「yasさんと巡る、キャンプドレイク再発見ツアー」をやる事にしようかと。どうです?
ただ問題が一つだけあって、再来週にはシーズンが開幕を迎えてしまう事。ウラワ鉄研にとってそれは死活問題だし、上手く試合の無い週とかに組み込めれば良いのだけれど。
- 関連リンク:
- http://members.jcom.home.ne.jp/oka3n/page010.html
- http://box1611.hp.infoseek.co.jp/doreik.htm
- http://pirori.exblog.jp/532061/
- http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%AD%A6%E5%A4%A7%E5%B8%AB%E7%B7%9A
- http://www008.upp.so-net.ne.jp/tojo/index.html
追記:
今日(21日)発売の弊社刊「レイルマガジン」で、上信電鉄という高崎から出ている私鉄の特集をするんですが、それに「上信デキ重連貨物列車 高崎~下仁田往復 添乗+走行 60分DVD」が付録で付きます。面白いので、是非買って下さい。
以上、宣伝でした。
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